日本のシンポジウムはレベルが低い

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昨日、とあるシンポジウムに参加して、ある種のフラストレーションを抱えながら聞いていました。まあ、隠すこともないので、参加したシンポジウムは、「世界自閉症啓発デー2010・シンポジウム」です。内容は、とてもためになりました。
レベルが低いと感じたのは、議事進行の仕方。
シンポジウムの意味をネット辞書で引くと「一つの問題について,数人の人が意見を発表し,それについての聴衆の質問に答える形で行われる討論会。公開討論会。」と出ていた。
日頃から、日本のパネルディスカッションはレベルが低く面白くないと感じていた。
じゃあ、なにがレベルが高いか、私が何と比べているかというと、アメリカのベンチャービジネス系や新製品・新サービス系のカンファレンス。参加費は2日のカンファレスだと約20万円、3日のカンファレンスだと約30万円。それでも参加者は1000人クラスで、満員御礼でチケット売り切れたりする。
プロデューサが不在: 人気カンファレンスには、プロデューサがいる。そしてそのプロデューサは司会者として登場することが多い。全部の司会をするわけではないが、彼(または彼女)が要所要所に現れて、総合司会や、パネルディスカッションのモデレータとして登場する。だから、プロデューサのキャラクターによってカンファレンスの雰囲気はずいぶんと変わってくるし、腕の見せ所でもある。
日本の場合、企画者はいても、あんまりプロデュースしていない。プロデューサがいなくてもできるような内容しかしない。総合司会者も、プロデューサではない。彼(または彼女)は、単なる進行係か、プログラム読み上げ者に過ぎない。プロデューサのいない、カンファレンスやシンポジウムは迫力に欠ける。
台本ありき: 日本の場合、原稿を読む人が多い。そして質問内容も、原稿通り、おまけに結論とうか結語まであらかじめ現行化されていることが多い。別に原稿を用意することが悪いわけではない。原稿があってもいいんだけど、いかにも、原稿を読んでいますという、しゃべり方をする。質問内容まで、筋書き通り。どうせ、公開討論で、その場で結論のでない議論をしているので、無理にまとめる必要はないのに、差し障りのないまとめがあらかじめ用意されていたりする。
共通の基本認識の努力なし: ちゃんとしたカンファレンスやシンポジウムでは、会の始めに参加者に共通認識を持たせる活動がなにがしかある。専門的で数日間のカンファレンスでは、本カンファレンスの半日前に、初級者向け講座が用意されていたりする。あるいは、アナリストが統計や数値的データを使って、客観的な状況を短時間で説明するセッションがあったりする。
いろんな人が来るので、レベルをあわせる必要があるんだけど。下手な会議は、討論の質を下げて、レベルをあわせる。上手な会議は、序盤で参加者の基礎知識を底上げして、参加者がレベルの高い討論について行けるようにしている。
モデレータのレベルが低い: うまいモデレータは、自分の意見も言うし、パネリストの意見も引っ張り出すよね。そして臨機応変。「それ違うんじゃない」とか「それどういう意味ですか」とか聴衆にわかりにくい部分があったら、パネリストにすぐに突っ込む。パネリストのポジショントークなんて、一人1~2分である。そして、面白そうな、聴衆が聴きたそうな、パネリストが答えにくい、質問をしながら、討論を誘導していく。
モデレータのレベルが低いと、まずパネリストのポジショントークが長い。ポジショントークの時間を決めるのもモデレータの裁量のはず。そして、用意された質問が2周くらいして終わり。アナウンサーがモデレータしていたセッションもあったけど、しゃべりはさすがに流暢。でも、質問や構成は台本どおりだった。だから面白くない。ポジショントークの中で喋っていたことを、質問していたりした。その場で臨機応変に、台本を変更する力というか、台本変更する発想が無かったんだよね。それ以外の、会長や副会長クラスの人が務めるモデレータはひどいよね。しゃべりや裁きは誰だってできる内容。偉い肩書きの人がモデレータ席に座っていることに意義があるというモデレータ。
モデレータのレベルが低いから、ポジショントークにタイムキーパーがついて、「3分前」「1分前」「終了」のフリップを出す。なにより、会場からの意見を入れない。モデレータの一人が「今日は、会場からの質問は取らないので、、、」と、ぼそっと言っていた。どうして? 考えられる理由は、実行委員会が「事なかれ主義だから」。 過激な意見や中傷が会場から来てしまったときに、モデレータに力がないと、裁ききれず会場が混乱してしまう可能性がある。それよりも、シャンシャンのほうが日本的なんでしょうね。会場から意見を入れた方が、100倍面白くなるのに。
雰囲気からして違う いいカンファレンスでは、オープニングの前や休み時間には、音楽がついている。派手なカンファレンスでは、電飾もあったりする。パネルディスカッションは、ソファーに座って行い、椰子の木が隣にあったりする。徹子の部屋やバラエティー番組のような雰囲気で、一つのローテーブルを囲んでやっている。
日本のパネルディスカッションでは、壇上に長机を置いて、パネラーの前にパネラー名を大きく書いた紙をテープで張っている。壇上に広がって座るので、親近感がなく、堅苦しい。そして椅子は、パイプ椅子であることが多い。

もっと高いレベルは存在するし、日本のシンポジウムもレベルアップしてほしい。
私がプロデュースするだけでもシンポジウムは、もっともっと面白くなるでしょうね。

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